ドリーム小説

――『そうそう。頭で考え込んだって、身体はそんなに上手に動くものじゃないよ』
と言うシャルティエ様の有り難いお言葉が、
吹っ飛ばされているの脳裏に横切って、意識が途絶えた。




ストレイライズ神殿に着くと、
書斎に閉じ込められている人たちを助ける為に、スタンは尻に火をつけられたように突っ走った。

「ちょっとスタン! アンタね、周りを見て動きなさいよ!」

スタンの背中を追いながら叫ぶルーティの声も、おそらく彼には届いていまい。
部屋の扉を一つひとつと開けて中を調べているくせに、
たちが追い付く頃には次の部屋めがけて廊下を疾走しているスタンの体力は、
きっと連日火の番をしていたのおかげで貯蓄されてる体力なのだろう。なんだかやるせない。

次から寝れなくても、火の番はスタンにしてもらって、休むようにしよう。

そう心に誓ったの耳に、スタンの大声が入って来た。
「皆! この部屋、何かある! クリスタルか……?」
「クリスタル!? ちょっと、お宝じゃないでしょうね…!」

ルーティが嬉々として走るスピードを上げていく。
(スタン、ルーティそれ敵だから! うっかり触ったりしないでよね…っ!)


思ってても絶対に言えない言葉を胸中で叫んでいると、
前方を走っている不機嫌丸出しのリオン。その傍らにある壁に不自然な亀裂が入るのが目に見えた。
ゾッと背筋が泡立つ。
「リオンさ…!」
の声にリオンが首を巡らせた時には、亀裂の中からゴーレムの腕が突き出て来て、画面越しには考えられないエンカウントには泡食った。

(そんな戦闘の始まり方って、あり!?)

対処の仕方に頭が回らない。
は咄嗟にスピードを上げると、リオンの背中を突き飛ばした。
つんのめるリオン、可愛い。
そんな事を思う間もなく、横から迫って来るゴーレムの腕が瞳一杯に映る。

「…ッ!!!!」

身体に驚く程の衝撃が走った。息を呑む。
そのまま横に吹っ飛ばされたは、壁に激突してようやく止まると蹲った。

「おい!」

リオンの声が遠く聞こえた事に、薄く目を開く。
これで意識を手放さなかった自分に拍手を送りたい。
否。どちらかと言うと気絶した方が楽だったかも知れない、と、遅れて思った。
身体中が熱を帯びてズキズキとして、
頭も軽く打ったのか、視点が定まらない上に、辺りはゴーレムが巻き上げた土埃が充満して空気も悪い。

(正直、このまま目を閉じたい…けど…)

意識を飛ばさなかった以上、は歯を食いしばった。
ここで耐えなきゃ、リオンを追いかけて来た女が廃る。
なけなしの根性で踏みとどまったは、

「…だい…! じょうぶ…、です!」

ゆっくりと声を上げた。

この視界の悪さでは、ゴーレム自身も身動きが取れないに違いない。この戦闘は長引く。
となると、気になるのはスタンたちだった。
あの先急いでいる様子だと、すでにあちらも戦闘が始まっている可能性は十分にありえて、
ルーティとマリーが例え追い付いていたとしても、
リオンが居ない戦闘はかなりの苦戦を強いられるだろう。

全滅だけは絶対に避けなければ。
これはゲームじゃない。ゲームオーバは、この世界の消滅に繋がる。


「リオンさま、ここは…引き受けますから! スタンさんたちを…っ」

言って、は下唇を噛んだ。
勝算があるとすれば、視界が定まった瞬間に晶術を片っ端から唱える事くらいだ。
幸いゴーレムは他のモンスターよりも動きは遅から一人でも勝ち目が無くはない。
一刻の猶予もなかった。
とにかくこの隙にと、唱えられるだけのファーストエイドをかけてはいるが、
今のの身体のダメージに初級晶術位は焼石に水。一向に動けそうにはない身体に気ばかりが焦った。

だんだんと視界が広がるたびにの心拍数が上がって、

(どうか、ゴーレム以外敵は増えてませんように…!)

切実に願いながら、晶術を唱える為開いた唇が、唖然としたまま動かなくなる。

(なん…っ!?)

いつの間にか目の前に居たゴーレムには驚き、一瞬、術を唱えるのが遅れた。
その隙に振り上げられるゴーレムの腕。
「アイスウォール!」
唱えた瞬間、ゴーレムの足元が凍って行き、
バランスを崩したゴーレムの腕はのすぐ後ろの壁を砕いた。傾く身体が宙に浮く。
その瞬間、煤扱けた天井から一面の晴天が視界に広がって、落ちて行く景色がスローモーションになる。

「アイスニードル……ッ!」

落ちながらも唱えた晶術は、狙い通り唯一固く覆われていない目を付いて致命傷となった。
ゴーレムが音を立てて崩れ落ちて行くのを見ながら、
は下に落ちたらどんな衝撃かしら、と考えてみる。


想像もつかないくらい痛いに違いない。
そもそも、こんな状況ですらピンチに陥るが、
この先リオンの為に何か出来る事があるとも思えなくて、
こうして今やっている事すら余計なお世話かもしれない、と思うと、頭が痛くなってくる。

嫌、頭が痛いのは打ったからか。

はふ、と意味もなく笑うと、瞳を閉じた。

――『そうそう。頭で考え込んだって、身体はそんなに上手に動くものじゃないよ』

シャルティエの言う通りだとは思った。戦闘は理屈じゃない。感情も枠に嵌る事などない。
結局に出来る事と言えば、今出来る事を精一杯する事なのだ。
そうして積んで行った経験が、やがてリオンをなんらかの形で護ってくれると信じて――。


つまり今は。

前回神様(見習い)に落下させられた経験をいかして、早めに意識を飛ばそう。

ふぅ、と糸が切れるように意識が途切れたは、
床にぶつかる寸での所でリオンに抱きとめられていた事など知る由もなく、
その後、ライフボトルでのありがたみを身に染みて感じる事になるのであった。