ドリーム小説

が危惧していた通り、
目が覚めたルーティの「誰それ?」という一言と、武器を所持していなかったこと。
彼女達が神殿で遭遇したと言う兵士三人の目撃情報にが含まれていなかった事とが考慮され、
ダリルシェイドまで連行されたは、一刻もせぬ間にお役御免となってしまった。


そして。

「――今回はすまなかったね」
「まあ、紛らわしかったわたしにも非はありますので…」
街一番の屋敷ヒューゴ邸にて、は借りて来た猫のように身体を縮ませ、首を横に振っている。

客員剣士としているリオンが、状況証拠で十分に怪しかったとはいえ、
まったく無関係の人間を罪人として引っ張って来たのは事実。

色々と目論む事の多いヒューゴにとっては、早めに摘み取っておきたい芽なのであろう。とは思う。
どうにかしてリオンに近づきたかったとしては棚ボタラッキーとでも言うべきなのかも知れないが…。

(それにしても)

と、は居心地の悪い思いに尻をむずむずと動かした。

(その瞳は止めてくれ…)


悠然と腰かけているヒューゴの背後に立つリオンは、氷点下さながらのブリザードをまき散らしている。
雪とか霰とか可愛い物じゃない。氷柱が舞い踊っていそうな勢いだ。

さしずめ、「まったくだ。紛らわしいお前が悪い」とでも言いたいのだろう。
としても言いたい事は良く分かる(逆の立場なら絶対にそう思う)が、
問答無用で落とされたは、自分がどこに落ちるかなんて選択権を持っていなかったのだ。勘弁して欲しい。

「ところで――」


リオンの空気で氷漬けにされていたが固まっていると、ヒューゴは口を挟んだ。

「君はなぜあの場所に?」

は慌ててヒューゴに視線を戻すと、応える。
「出稼ぎで、仕事を探していたんです。それであの宿に泊まっておりまして。下がすごく騒ぎになっていたので、何だろう、と思って身を乗り出したら落ちてしまって」

さんざん考えた挙句に出た文句は少し苦しい気がするが、これくらいしか思いつかないのだから仕方がない。
しおらしく見えるように肩を縮めて言ったものの、
リオンから感じるこれでもかと言う程の冷たい空気にの背筋はぞわぞわと泡だつ。

とはいえとしても今ここまでのフラグを台無しにする訳にもいかず、おっかなびっくり言葉を続けた。


「な、なので…前科とかついたら障りがありますし、困りました。
それに、か、顔も…僅かですけど傷がつきましたし…これが治るまではなかなか仕事も決まりづらいだろうなあ、
なんて…ひぃ!」

うっかりご機嫌伺いにリオンの顔を見てしまったのが悪かった。
冷気はもはや殺気と化している。
もったいぶった言い方は、何かを企んでいるのがあけすけで。
そういう腹の探り合い、みたいなものがあまり得意ではないは至って素直に言葉を並べてしまった。

それに、ここまで言ってしまったらもう引っ込みもつかない。

「良かったら、オベロン社で雇っていただけないでしょうか…」


これを言う間に、少なくとも三回はシャルティエで刺された気がするである。
最後はなんだか痛い気がする心臓を抑え、ぐったりしながら言うと、首をもたげた。

「なるほど。
確かに君は、リオン相手に大層大立ち回りをしたと聞いた。

――それに、ソーディアンの声が聞こえるようだ、とも報告を受けている」

「!、ええ…まあ」

「こちらとしても、ぜひリオンの下で働いてみたいかと声を掛けるつもりでね。君がその気でいてくれたなら良かった」


つまり、向こうも端からそのつもりだった訳である。
なるほどリオンの機嫌も最低なはずだ、と、はここに来てようやく合点がいった。

をここへ呼んで陳謝したのは、
リオンの周りを囲む体裁を気にした訳でもなく、ましてやの顔に傷がついたからと言う訳でもなく、

声が聞こえると言う事は、ソーディアンマスターの資格があると言う事だから、だ。
手元に置いておくに損はないとの判断なのだろう。


緊張に混乱していた思考が、ようやく冷静さを取り戻す。 ――目の前にいるのは諸悪の根源。


なるほど「運命」と言う題材がつけられたにもあるな、とは思った。
本人の与り知らぬ所で回る者。

その輪に入る勇気があるのか、と問われているような気持ちになる。

入れば最後。それはの意志とは関係なしに回り、やがて飲み込まれてしまうのかも知れない。


は一度、リオンを見た。
相も変わらず不機嫌な彼は、と目が合うなり、眉間に縦皺を刻んでいく。

歓迎している訳じゃない。不本意だ。

ありありとそう顔に書いてあるリオンを見て、
は急になんだかおかしくなってしまって、小さく噴き出すようにして笑った。

会えたのだ。
この人に。
その事実が、暖かな水のように流れて心を溶かしていく。

は縮こまっていた筋肉を伸ばすように肩を広げた。真っ直ぐと前を見る。
そして大きく息を吸って、


「どうぞ、よろしくお願いします」


言いながら深々と頭を下げた。