ドリーム小説
「あら素敵」
「浮気か、小春! 死なすど!」
「これぞアタシたちの必殺」
「サーブアンドボケェやっ!!」
キラキラした瞳で見つめられて、は酒を呑みこむと続く――「先輩ら、ウザいっすわ」
「みなさん、これが漫才って言う生き物ですよ!」
「とっても、その…面白かったです」
ラケットを手に、秋田と五虎退はご満悦だ。楽しんでいる面々と、癒されている面々を見回して、は酒を舐める。
「……まさかこんなに秋田と五虎退にウケるとは」
「ハッハッハ! 酒の肴にぴったりだ!」
膝を叩いて大爆笑の岩融。
今剣はぴょこんと飛び跳ねると片手を挙げた。
「ごこくん、あきたくん、ぼくにもまんざいおしえてください!」
「もちろん! まずはラケットを、こうやって構えるんですよ」
ラケットを握る今剣を眺めながら、三日月は目を細める。
「俺たちは生き死にで勝負を決める世に在ったからなあ」
「かようなラケットとやらを持ち、勝敗を決めると言うのが目新しいのでしょう」
小狐丸がに徳利を傾け、猪口を差し出すと、とととと耳に良い音が流れた。
「浮かない顔だな」
「浮かない、と、言うか…自分でも良く分からないんだけれど」
モヤモヤしている。
あの日、テニスコートに立つ跡部を見てからずっと。
まるで糸口の分からない毛糸玉を胸中でもてあましているような。
「あとべさん!」
不意を突かれて、は身体を弾ませた。
「よう跡部殿。先に初めてるぜ」
「ああ。遅くなって悪かったな」
「食事にするかい?」
「いや、着替えて来る。それとこれは忍足からだ」
「お菓子だぁあああああ!」
「こら、包丁。まずはお礼を…」
「礼なら今度、手紙でも書いてやってくれ」
「承知いたしました。ありがとうございます、跡部殿」
「跡部さん、ぼくたち今、漫才をしていたんです」
「漫才?」
「サーブアンドボケェ! です!」
秋田の言葉に目を見開いた跡部は顔を背けた。ふっと声を漏らして笑うと、秋田と五虎退を撫ぜる。
「いいんじゃねぇの?」
「主君がツッコミなんです」
「ね、あるじさま」
「え? あ、うん」
目があって、繕うべき顔が分からない。
逃げるように酒に目を落としたはぎゅっと瞳を瞑った。
(今まで、どんな顔してたんだろ)
(あの頃は)
(窓から、跡部くんがテニスをするのを眺めてた頃は)
(ずっと憧れだった)
(じゃあ今は?)
(今のわたしはどこにあるんだろう)
「…」
「ぬしさま?」
口を押えると、小狐丸が怪訝な声を上げる。
「……小狐、なんか具合が悪い。ちょ、トイレ…っ」
急に吐き気を覚えて、はトイレに駆け込んだ。天井が歪んで見える。
「おかしいな。まだそんな呑んでないはずなんだけれど」
「うわあああああ!」
「何だコレは! 驚きだな!」
「鶴さん、そんな事言ってる場合じゃ、主…っ」
庭が騒がしい。
聞こえて来る男子たちの声が頭の中をぐるぐる回って、呻きながらトイレを出たは駆けて来る燭台切に瞬いた。
「…光忠?」
凛々しい顔が幼くないか。
目線もちょうど同じくらいで。
まるで。
(まるで、中学生、くらいな)
今しがた思い出していた跡部が重なって見えて、冷や水を浴びせられたようには後退さった。踵を返すとトイレの鍵をかける。
「主!?」
「ごめん、光忠! それ多分わたしのせいだ…っ! 落ちつくから、いや、落ち着いてなおるのかな!?」
「主、まずは落ち着いて」
「審神者、続けられなくなったらど…」
息が詰まって、はしゃがみこんだ。
「どう、しよ」
恐怖に縮み上がった心臓が痛い。
心臓の音がやけにうるさかった。
あの日、跡部と再会しなければ。
名前をあやふやにしたまま蓋をしていたこの感情は、大切な大切な、の思い出だったのに。
今更蓋を開けて覗き込もうとしたから。
訳が分からないまま仕舞込んでいた感情に、改めて名前なんてつけようとしたから。
(審神者でなくなることが、いちばん、怖いのに)
「とにかく、も…う、元の生活に戻ろう。跡部くんには、家に戻って貰って、ここで今まで通り…」
今まで通り。
その一言に、五虎退が過る。
――あとべさんは、家族、ですよね?
試合を見に行くか行かないか。
迷うを見上げて、五虎退は首を傾いだ。
――あるじさま、言ってました。同じご飯を食べたら、家族だって。
(じゃあどうしたら)
「」
「あ、とべくん」
扉をノックされて、うっかり返事をしてしまったは口を塞いだ。
どうしたらいいのか分からないまま。
やっぱり、現世に戻って欲しいと口を開きかけた時、扉が軋む。
「てめぇが遡行軍に斬られた時、俺は………後悔、したんだ。
てめぇがチョコの一つも寄こしていたら、さっさと身を固めて、学生時代をいい思い出にして――あの日追いかけてまで声を掛けちゃいなかった。ってな」
「…」
「だがな、。てめぇは歴史を守ってるんだろ。家族を守ってるんだろ。だったら後悔なんざしてんじゃねぇ」
「……跡部くん」
「かといって、あの頃みたいに誤魔化し合う程ガキでもないからな」
扉越しに、跡部が笑っているのが聞こえる。
それだけ傍に寄っているのだと気付くと急に気恥ずかしくなってしまって、距離を取ろうとしたは動きを止めた。
「」
跡部の言葉が、途切れる。
「逃げずに全力でぶつかって来い。そしたら俺様が……、俺が、てめぇ大事なこの家ごと、の未来を守ってやるよ」
ぼろりと、涙が零れた。
(ああ、そうだ)
審神者になって刀を束ね、時に不安になるたび、窓枠に切り取られたグラウンドが浮かんだ。
テニスコートを駆ける跡部が浮かんだ。
その都度思った。
跡部くんなら、どうするだろう。
どうやってまとめ、進んで行くんだろうと。
(いい、のかな)
この気持ちに、好きと名前を付けて。
鍵に手が伸びる。
爪が引っかかって、なかなか動かせない。
手が震えて、なかなか動かせない。
やっと回った鍵に、扉は自然と外から開いた。
「遅ぇんだよ。バーカ」
子どもみたいな顔をして笑う跡部に腕を引かれて、かき抱かれる。
「ぅえっ」
その瞬間、一段と高く跳ねる心臓。
つま先から頭までをドカンと熱が駆け抜けて、は目を回した。
「ちょ、ま、離して…!」
「誰が離すかよ」
「無理、まだ無理、やっと自覚した程度の心臓じゃ、持たない…っ」
「だったら口を閉じてるんだな。ようやく手に入れたチョコレートだ。溶ける前に一口食っとくぜ」
「え、いや、ぎゃ…! 痛ッ、噛みつかないで…っ、んんんんぅ――!」
ドンドンと叩いてようやく離れた跡部はらしくなく頬を朱に染めたまま。濡れた唇をぐいと手の甲で唇を拭った。
その乱暴な手つきとは似ても似つかない、腫物に障るように髪を撫ぜられる。
「最高に美味いんじゃねーの。あーん?」
*+*+*+*+*+*
「あーあ。これじゃあ明日の出陣はナシ! のみほーだい! と思ったんだけれどなあ」
「まあまあ。思ったよりも長引かないで良かったよね。だけど…何で主、唇が腫れてるのかな? どういう事かな、跡部さん」
「もう! 抜け駆け禁止って言ったじゃん! 跡部さんの馬鹿ぁあ!」
大人になってもテニスをしに集まるテニキャラと、小春とユウジの真似をする五虎ちゃん秋田がどうしても書きたくて始まった話でしたが、
最終的にはこんなに甘い話をとてつもなく久し振りに書いて、自分でも戸惑っております。
前回宙ぶらりんのまんま終わった跡部にごめんねを込めて。わたしなりのオチを。
友達から借りたテニミュのDVDが懐かし過ぎて、もう何度目か分からないテニス熱。こういうのを沼と言う。
原作もミュも尊すぎる…。