ドリーム小説

「酒の味がしない」
呟いた声は賑やかな場にかき消される。
酒が進まないなんて薬研に云えば、構いたくてしょうがないあの短刀は嬉々として薬を引っ張り出してきそうだが、残念ながらこの場に彼はいない。
居ない所か、久し振りに手持ちの刀が一振も傍についていない。を囲んでいるのはあまり話した記憶もない同級生ばかりで、

ねぇこれってもしかして、ご飯じゃなくて合コンじゃない?

尋ねたをいっそ清々しいまでに裏切ったクラスメイトは臨戦態勢ばっちりに瞳をキラキラさせている。

 ――頼まれたのよ。アンタのお母さんから。

野菜に釣られて呼び出された娘に泊まって行きなさいと迫り、渋々頷いた娘が口煩さに嫌気がさす頃合いを見計らってカードをドロー。
墓場からクラスメイトを蘇生。飲みの誘いとみせかけて合コン。

必死か。娘より必死か。

はジョッキを握りしめたまま、ぽつりと胸の内で呟いた。
(とは言えあれだな。審神者の間でまことしやかに語られる、我が家の刀剣男子最強説ってこういう事なんだなあ)
ちっとも魅力的に見えない。
審神者が婚期を逃す理由をここに一つ見出して、は複雑な胸中でつまみに手を伸ばした。
(わたし、マジで結婚無理かも)


おまけに出て来る話題と言えば、
「テニス部と言えばさー! 跡部さま! かっこよかったよねぇ〜!」
「俺さ、一年の時テニス部で!」
「マジで!」
「いやあ、跡部が上級生をノして部長になった時、俺は震えたね」
「で、アンタは?」
「俺? 辞めた」
「はは、ウケるー」
やっぱり出て来る跡部景吾の名前。
今頃刀剣男子たちと夕飯を食べているだろう跡部が過って、は炭酸が抜けた酒を口に含むと、愛想笑いを貼りつけた。


「そう言えば、生徒会だったよねー」
「ああ、うん、まあ。あんまり役には立ってなかったけど」
「やっぱ跡部さまが好きだったわけ?」
「いや、好きと言うか…まあ、憧れ、みたいな」
「憧れ! いっちばんヤバイ奴じゃん! 学生時代の憧れ、尾を引く奴!」
、だっけ? 跡部クラスの男と結婚しても大変なだけだと思うよー。俺たちくらいが丁度いいって!」
「俺たちくらいって」
「でも確かに分かる」
「そんな事言ってお前らだってなあ、忍足来たら、そっちにきゃあきゃあ言うんだろ!?」
「それはしょうがなくない!? だって、誘って来るとは思わなかったし!」

「忍足?」
聞き覚えのある名前には唇が引き攣る。

「ん? どうしたの、
「忍足君って、忍足侑士くん?」
「そうだよ」
「来るの?」
「うん、来るよ」
なんだか嫌な予感がした。
は背中を押されるようにして立ち上がると、財布を出す。


「わたし、そろそろ帰るわ。あ、今日は実家から連れ出してくれてありがとね」
「え、何で!? 困るよ、あたしのお母さんに頼まれて!」
「最後まで居てくれた事にしていいから。なんならそのまま二次会三次会と雪崩れた事にしてくれていいから」
「せっかく皆集まったのに!?」
「いや、そりゃまあ」
口の中でもごもごしたは頷いた。どう見たって口実だろとは言うに言えない。

「あとは皆で楽しんで――」

下さい、とすり替えたの後ろで、障子がスパンと開いた。
こういう開き方をするときは大抵ロクな事が無い。
半ば癖とも言える、首を巡らせたは跡部の姿が映った我が目を疑う。
「あ、跡部!?」
「跡部くん!?」
「忍足は急な用事で来れなくなった」
汗をかいている髪をかきあげてネクタイを緩める跡部に、どこからともなく上がる黄色い悲鳴。

学生時代を彷彿とさせる場にたまらなく居心地の悪さを感じたは足早になりながら片手を挙げた。
「じゃ、じゃあわたしはこれで」
「どこ行くつもりだ? あーん」
素知らぬ振りをして帰ろうとしたのに首根っこを掴まれる。

「ちょ、わたしは合コンって知らなくて」
「だったらさっさと帰ればいいだろ」
「だから今帰ろうとしたんですってば」
ごそごそともめながらも室内へ引っ張り戻された。強制的に座らされて、跡部はの正面を陣取る。

「跡部くん!」
「跡部くん、何飲む!?」
「ちょ、アンタ…!」
「生」
ここから先、舞い上がる女子たちに取り残されて、と男子たちには地獄が待っているはずだった。なのに。


「え、跡部…財閥継いだんじゃねぇの!?」
「事情があってな。今は公務員だ」
「跡部が!? 公務員!?」
「なんだろ、俺人生頑張れそうな気がして来た」
「つーか、跡部、昔より話やすくなったな」
「昔からこんなもんだろ」
「いやいや、お前いっつもテニス部に囲まれてたしよ。こんな風に話するなんて俺思わなかったわ。俺なんてこの間上司にさ」
「ああ、あるな」
学生時代からは想像つかない。一般ピープルに跡部が馴染んでいる。
微笑する跡部にうっかり見惚れていたはいかんいかんと首を振った。
隣を見ると、皆呆けた顔で跡部を見ている。

花がある。
人を引き付ける。
跡部景吾とは今も昔もそう言う男で、とても同じ本丸で寝起きしているとは思えないような。
教室の窓からテニスコートを見ていたあの頃のような。
テーブルを挟んだ向こう側がものすごく遠く見えた。

なんと表現していいか分からない寂しさに襲われる。
呆と見ていると、不意にの携帯が鳴った。我に返って誰かも見らずに通話ボタンを押す。
中腰で立ち上がろうとしたの耳に、

『主、合コンってどういう事!!??』

キ――ンと清光の声が響いて、は思わず携帯を落とした。


「き、清光」


『加州くん、変わって』
『ちょっと燭台切、まだ俺話してる途中なんだけど!』
『主、そっちに跡部さんが行ったと思うんだけど。くれぐれも二人で寄り道なんてしちゃ――わ、ちょっと薬研くん』
『悪いな、燭台切の旦那。よう、大将。そろそろ退屈なんじゃねぇかと思ってな。俺っちで良ければ迎えに――』
『命じて下さい、主。今すぐ俺が向かいます。わ、こら、押すな小狐丸!』
『ぬしさまぁああああ!』
『お、何か面白そうだな。俺も代わってくれ!』
『こら厚。主、この調子で全然食事が進まなくてですな』
『そう言う他人事の口調で言うのは悪い癖だぜ、一期一振。一番むっつりしてたのは君だろう』
『つ、鶴丸殿、主に余計な事を言わないで頂きたい!』
こちらから話す暇もない。
はゆっくりと唇に手を添えると、息を吐くように笑った。

すると、後ろからも笑い声が聞こえる。
振り返ると跡部が笑っていて、くつくつと笑う姿に気を取られていたは狐の声に意識を取り戻した。

『主殿! 異性間交流と聞いて鳴狐は食事も喉を通らず…っ』
「分かった! 分かったから、すぐ帰るから!」
通話を切ったは慌てて鞄を持つ。
「え、跡部くん帰っちゃうの!?」
「ああ。居候の身だしな。ひとり占めが過ぎて、屋敷から追い出されても困る」

「まさか跡部、お前」
「ああ、悪いな。こいつを迎えに来たんだ」
あっさり言って、跡部は呆然としているの後ろ頭を小突いた。

「帰るぞ」
「え、あ、うん」


突かれるようにして部屋を出る。後に続いた跡部は障子を閉めるなり静かに笑った。
「これで、てめぇの親もちょっとは安心するだろ」
「へ? まさかそれで跡部くんが?」
「俺がを探してた事を知ってるからな――忍足が気を利かせて連絡くれたんだ。刀たちは迎えに来る気満々だったんだが……前回の事もあるし、この時代であまり連れて出歩かねぇ方がいいだろう」
「そう、だね。でも跡部くんに迷惑だったんじゃあ…」
なんて言ったって、跡部財閥の御曹司。
芸能人でもないのに芸能ニュースになっちゃったりしそうな人である。
が言うと、跡部は斜めに視線をおろした。
綺麗な顔にじっと見据えられて、は思わず腰が引ける。


「………何?」
「てめぇも刀も、外堀から埋めた方が良さそうだからな」

そう言って、跡部は不敵に笑った。

「ここまで来て今度は逃がす気ねぇからな。覚悟しとけよ。



*+*+*+*+*
「あ、まって跡部くん。せっかく現世に来たし、皆にコンビニスイーツお土産に買って帰ろうかな」
「いいんじゃねぇの。俺も出す」
「いいよ、いいよ! 大丈夫」
「気にすんな。俺様にとってももう家族みたいなもんだからな」
「…」
「……ははっ。なんて面してんだ」


ン百万回と妄想されつくしたであろう合コンネタをいつか書いて見たかったのでとても満足です。
あの頃は思わなかったけれど、跡部のあーんって文字にするとちょっと楽しいやら恥ずかしいやら不思議な感じ。