ドリーム小説 「…じゃあ何。その歴史改変主義者、氷帝の子だったって事?」
目が覚めて、まず目に映ったのは泣きじゃくる五虎退とボロ泣きしている清光。
状況を掴めない女審神者は、ここに来てようやく安定と長谷部から聞いて、わが身に起こった事に呆気に取られていた。
「跡部さんの事、学校に行ってた頃からずっと好きだったんだって。だから、同じせーとかいだった主の事も知ってたらしいよ」
「その日も、跡部さんがデパートの式典に出席すると聞いて、見に来ていたそうです」
「その子、どうなったの?」
「政府が身柄を確保したそうです。時間遡行軍の内情を聞き出そうと、政府は躍起になっているそうですよ。
今の所彼女は、女として主個人を妬んでの行動だっただけで、他の遡行軍に情報を漏らしては居ないと言っているようですが」
「……そっか」
うどんを啜りながら沈んだ声を上げた女審神者は、ふと薬研に首を巡らせた。
「薬研」
「何だ? 大将」
「そう言えば、消える時間とはいえ、良くもクラスメイトの前でお姫様抱っこなんてしてくれたな、コノヤロウ!」
「覚えてたのか」
「当たり前でしょう! 審神者舐めるなよ!」
「あの頃の大将は、素直で可愛かったんだけどな。林檎みたいに真っ赤になってよ」
「大将。薬研の奴、あの後すげぇ機嫌が良かったんだぜ。な、乱」
「そうそう。目がこぉんなに垂れてたんだから」
「……厚。乱。裏切りやがったな」
「薬研、アイス。ごちそうさま」
「大将ン家の近くにあるうどん屋、美味いな!」
「そうそう。あそこのうどん、すごく美味しいよね!」
薬研が睨むのもどこ吹く風。
厚と乱が笑う姿に、自然と顔が綻んでいく女審神者は、ふと思い出したように顔を長谷部に向けた。
「そう言えば、跡部くんは?」
「主が目を覚まされたと聞いて、仕事に戻られましたよ」
「財閥の?」
「いえ、政府の」
「そっか。じゃあ、今夜は一緒にご飯だね」
「そうですね。主はまだ、かゆの方がいいかも知れませんが」
「えー、やだ。おかゆはお酒に合わないもの」
「…目が覚めたばっかりなんだ。当分の間は粥だぜ、大将。酒も禁止」
「そんな殺生な!」
「そーだよ。主。少なくとも二日は酒を控えるようにって、医者にも言われたばかりだろ」
「ちょっとなら大丈夫だよ、清光。アルコール消毒になるし」
「だーめ。消毒って、怪我なんてしてないだろー」
「そうだよ、主。安静にしてなくちゃ」
「安定まで」
味方が居ない事に肩を落とした女審神者は、気を取り直した様子で面を上げた。
「そう言えばとりあえず安静にする前に、台所に行ってもいい?」
「安静にする前も後も、安静ですよ。主」
「まあまあ、そう言わず」






本丸の玄関を開けた跡部は、壁に背を預けて立って居た女審神者と目があった事に、少なからずとも驚いた様子だった。切れ長の瞳が僅かに開く。
「…起きてて、平気なのか?」
「うん。ずっと寝てて筋力が落ちてるから。まずは本丸内の散歩から始めた所」
「そうか」
座って靴を脱ぐ跡部を見下ろす女審神者。
跡部は靴に目を落としたまま、口を開いた。
「悪かったな」
「何が?」
「俺があの時声を掛けなきゃ、お前が審神者だって事もバレずに済んだだろ」
「…まあね。その時はもれなく、跡部くんとも再会する事なかったね」
さらりと言って、女審神者は言葉を続けた。
「そうなると、五虎退のテニスをする姿も見れなかったのかなぁ、って思うと、あの時声を掛けてくれた跡部くんには感謝をしてるよ」
「…そうか」
何とも言えない声のまま、立ち上がった跡部が首を巡らせると、目の前には箱。
眼前に女審神者が突き出しているそれを受け取った跡部は、「何だ、これは」と低い声を上げた。

「チョコ」
「チョコ?」
「随分遅れたけれど。バレンタインデー。遅れた分、市販から手作りに格上げされてるから」
「…喰えるのか?」
「なにおー。光忠に手伝って貰ったから、味は保障できますよ」
「…」
「…冗談よ! 一人で作りましたとも。ニヤニヤと笑う皆に見守られて作る恥ずかしさって言ったらなかったんだからね!」
冷たい視線を身に受けて捲し立てた女審神者から、跡部はチョコが入っているらしい箱に目を戻す。
しばらくの間視線を落とした跡部は、口元を緩めるようにして笑った。
「テメェがもたついてるのが悪いんだよ。さっさと渡しておけば良かったんだ」
「だって、跡部くんの靴箱一杯だったし。くれって言った割に、生徒会室ではチョコのチョの字も出さないし!」
「悪かったな。どこかの間抜けが用意して無かったらと思ったら、柄にもなく口に出せなかったんだよ」
「あーあ。跡部くんがそんなに殊勝な事思ってるんだったら、素直にあげとけばよかったなぁ」
「……今となっては」
ぽつりと言った跡部の言葉に、女審神者が顔を向ける。
目があった跡部は、小さく笑った。
「これで良かったと思うがな」
「そう?」
「ま、明らかに義理と分かる市販のチョコをだったとしても、俺はどっかの許嫁とやらと結婚でもしてただろうしな。そうなりゃこうして、ここでお前と話す事は無かっただろ」
「義理…ねぇ」
「義理じゃなくても同じだな。テメェは跡部財閥の夫人で、審神者なんて職はしてないって事だ」
「そっか」
「過去なんて、ンなもんだろ。………過去に縛られ過ぎたんだよ、アイツはな」
「……跡部くん、知ってる子だったの?」
「何度か話しかけられた。テメェが帰った少し後に、生徒会室を尋ねて来て、チョコも貰った。その事を俺は忘れてもねぇのに、ひっくるめてそれすら無かった事にするなんざ、馬鹿げてやがる」
「…跡部くん…」
「悔いた所で、俺達の時間も進んでく。止められねぇ。進んで行くしかねぇんだ。俺も、お前も…アイツも、な。今回の件で、それが分かればいいがな」
跡部が足を進め出す。
その背中を呆と見ていると、不意に立ち止まった跡部が首を巡らせた。
勝気な笑みは、あの頃と何一つ変わらない。
急に学生時代がフラッシュバックしたようで、女審神者は無性に恥ずかしくなった。

「で?」
「……何」
「このチョコは、どっちなんだ?」
「どっち、って」

限りなく本命に近い…義理になるのか。
言葉に迷っていると、少し先から足音が聞こえた。
やましい事などないのに、女審神者は身体を浮かせる。
「主、ご飯が出来たよ」
「跡部さんも、早く着替えてよね」
光忠と清光が二人揃って立っていて、女審神者は燃えるように頬を染めると、慌てて奥へと駆けだした。
「先に行ってるね。跡部くんも、早く着替えておいでよ」
すぐに姿が見えなくなる女審神者。
取り残された跡部は、光忠と清光についと目を向ける。
にこにこと笑う二人に、跡部はゆっくりと呆れたような息を吐いた。ややあって、笑う。

「おかえりなさい」
「おかえりー」


「……ああ。………ただいま」



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庭×刀。これにて終了です。
お付き合い頂き、ありがとうございました。

色々とややこしく長く書きましたが、結局ただのバレンタインデーの恋愛話でした。
跡部とがっつりくっつけるオチもありかなぁ、と思ったのですが、
個人的にはこうしてゆっくり跡部が家族や仲間になって行く方が好きだったので、匂う程度となりました。
この続きは、皆さまの中で考えていただけたらなぁと思います。
もし書きたくなれば、短編とかでちょっと書いちゃうかもしれませんが(笑)

庭×刀にメッセージを下さった方々、本当にありがとうございました。
おかげさまで書き終える事が出来ました。感謝です。本当にありがとうございました!