ドリーム小説
「なんでわたしが生徒会に入らなくちゃいけないのよ…」
橙色の夕日が暮れていく。
オレンジ色の光が窓から斜に射しこむ中で、は必死に計算機を弾いていた。
中学三年生の折、全国大会に出場する跡部が抜けていた数日間の授業。
そのノートを貸したに、借りた跡部が用意した礼と言うのが、高校一年にして生徒会長になる事が内定していた跡部の指名で、すでに生徒会役員に決まっていると言うものだった。
副会長、書記、会計などなど。
どれでも好きなのを選べと言った、得意気な跡部の泣きボクロを引きちぎってやりたい衝動に駆られたは、
結局決めかねた挙句、最後まで残っていた会計係りの役職についたのだが。
「計算も苦手だし、まとめるのも苦手だし…! こんな事なら、書記とか選んでおけばよかった!」
なんだか生徒会になる事を喜んで受け入れたようで、早々と役職につくのが悔しかったのもある。
きぃ、と猿のような声をあげたはシャープペンシルを投げた。
計算機なのに、二回弾くと数字は違うし、どうまとめれば分かりやすいかを考えていたら、あっと言う間に夕暮れ。
頭を抱えたは、机にうなだれると、横眼で窓の外を見る。
「…跡部くん、ねぇ」
小さく呟いて、ため息を零した。
テニスコートで駆け回っている豆粒なのに、どれが跡部か分かってしまう。
それは跡部が放つ存在感なのか、はたまた、はた迷惑をかけられながらも、どこか端っこの方で憧れているファン心理なのか。
「…跡部くんに憧れない人間の方が少ないような」
好き、と言う感情とは違う…と思う。
ただ跡部がそこに居れば自然と目がいくし、話かけられると、一端に嬉しい気持ちにはなる。
名前を付ければ恋になってしまう感情を持て余したまま、早数年。
恋にしてしまうと、絶対苦しいのは目に見えていて。
あと二年も、こうやって自分に無害のまま過ぎていくのだろうとは思う。
生徒会役員と言う、中学よりも少し近くなった距離の中。
「…つーか、これってもう解雇なんじゃない? 計算あわないし、整理下手だし…いっそ解雇になった方が楽な気がしてきた…」
弱って泣きたくなって来た。
ぐすぐすと鼻を啜っていると、どうしたんですか、と頭上から声が掛かる。
突っ伏したまま見上げると、クラスメイトのへし切長谷部が立って居た。
「へし切くん」
「…長谷部と呼んで下さい」
「…長谷部くん」
まあ、長谷部の方が苗字っぽいし。
名前を呼ぶにしてはいささか抵抗なく呼ぶと、長谷部は嬉しそうに微笑んだ。
「それは?」
「生徒会の、会計の仕事なんだけれどね。去年一年の収支を踏まえて、今年一年の概算を立てるように頼まれたんだけれど…」
「なるほど。そのままと言う訳には?」
「いかないんだよねぇ。前回の会計係り、結構適当だったみたいで…。今年からほら、跡部くんだからさ」
「なんだこの美しくねぇ書類は、ですか」
「そうそう。同じ事言ってたよ、跡部くん。すごいね長谷部くん、仲がいいの?」
「いえ、聞いた覚えがあるだけです」
まさか目の前の少女が将来まとめた書類を見て、跡部の顔が引きつった挙句に言っていたとは言えない。
長谷部が飲み込んだ言葉を知る由もないは、重く息を吐いた。
「計算も、何度してもあわないし」
「…計算は苦手ですからね」
酷く、懐かしむような声をあげた長谷部。
が見上げると、彼は小さく笑った。
前の席の椅子を引っ張ってくると、長谷部は腰かける。
「手伝います」
「え、でも、悪いし…」
「構いません。こういった作業は得意ですから」
「そ、そう? じゃあ、見て貰おうかな…」
前回の収支一覧と、のノートを交互に見た長谷部は、計算機を叩く。
「――まずは、前年度の計算間違えを正しましょうか」
「は、はい」
「わたしが計算しますから、ある……」
「ある?」
「その」
「さん」
「そう、さんが…って…」
横入って来た声に、長谷部は首を巡らせた。
いつの間にやら入って来たのか、少し離れた場所に腰かけている男。
桃色の髪に、白い肌。頬杖をついてこちらを見ていた宗三は、目を細めた。
「でしたよね?」
「そ、そうです。です。あの、宗三くん…で、いいのかな」
「構いませんよ」
宗三と長谷部は良く一緒に居る。
かと思えば別段とても仲良しと言う訳ではないようで、長谷部が声をあげ、宗三がのらりくらりとかわしている姿を良く見た。
跡部に負けず整った顔立ちの二人は女子からも人気が高い様子だが、
あまり興味もないようで、どちらかと言うと我関せずを貫く為に一緒に居るだけのようにも見える。
目の保養としてよく見ていたは、長谷部が居たなら、そこに宗三も居る事に対して驚かなかった。
どちらかと言うと長谷部の方が驚いたように伺える。
僅かに目を見開いた長谷部は、眉間に縦皺を寄せた。
「宗三」
「ぼくには構わず、続きをどうぞ」
「続きをどうぞ、じゃなくてお前も手伝え」
「い、いや長谷部くん。そんな無理に手伝って貰わなくても…」
「主は黙って居て下さい。宗三、主を手伝うのは我ら刀…!」
「あるじ?」
「…!」
「…凝りませんねぇ。貴方も」
溜息を吐く宗三。
ついとを見た彼は、小さく微笑んだ。
「お気になさらず。この男はこう見えて、少し抜けてるんですよ」
「そ、そうなんですか」
いきなりクラスメイトを主と呼ぶのは抜けているで済むのだろうか。お母さんと呼んじゃうくらいは抜けてる話だろうが。
が困っていると、長谷部は宗三を睨む瞳を書類に戻した。
どうやら居ない者として扱うらしい。
「一月の合計は…」
「あ、はい」
「…となりますから、ここの全体の出費はこうなります」
「なるほど。って言うか、前任の人、全然数字違いますね」
「ちなみにさんのも、全然違います」
「で、ですよね…」
「ここはこうなります」
「は、はい!」
「跡部さんの事ですから、ここはこう書くよりも、こちらで別にまとめた方がお好きだと思いますよ」
「なんと、跡部くん対策まで…ありがたい…」
もはや拝みたい。
見ると、長谷部の灰色の髪が揺れている。
書類に目を落とす彼をぽかんと見ていると、手が止まった事に気付いた長谷部が顔をあげた。
「どうかなさいましたか?」
「いや、何と言うか…」
「何でしょう」
「長谷部くんって、割といつも険しい顔してるけれど、美人だよね」
「…」
「あ、ごめんなさい。男の子に失礼なのはわかってるんだけれど」
慌てて付け加えたものの、長谷部はを凝視したまま動かない。
言ったあとでどうしようとうろたえたの瞳に映る長谷部は、みるみるうちに頬を朱に染めて、やがて我慢しきれなくなった様子で笑った。
「え、なに!?」
「いえ…。変わらないですね」
「えぇ!? そんな失礼な事、わたし前にも言ったかな!? 長谷部くんと話するの、初めてだと思うんだけれどッ」
「初めてじゃないですよ」
「嘘、どこかで会った!?」
「……終わったなら、早く持って行ったらどうですか? そろそろ、本格的に暗くなりますよ」
ゆっくりと言った宗三の声に、は我に返って時計と外を見た。テニス部も引き上げ初めている。
足りない所を書きなぐって、立ち上がったは長谷部に頭を下げた。
「長谷部くん、本当にありがとう! 助かった!」
「いえ」
「宗三くんも、時間気にしててくれてありがとう!」
「ええ」
「またね」
鞄と書類、ノートを抱えたが小走りに駆けていく。
その背を見送った長谷部に、宗三は呆れた瞳を向けた。
「隠す気、あります?」
「…悪い」
「まあ、あの人が変わらない事に励まされたのは、貴方だけではありませんけれど」
息をついて、宗三はの机を見る。
その瞳が微かに揺れて、唇に弧を描いた宗三は、小さく呟いた。
「本当に、名など知らない方が…お互いの為ですねぇ」
「隠す方が楽じゃないのは、目に見えているんだがな」
「…珍しく意見があいますね」
「それはこっちの台詞だ」
*+*+*+*+*
宗三は抜けてるのを見こされた長谷部のお目付け役。
「嫌ですよ。面倒です」
と言いながらついてきた。基本、彼はぶれない。