ドリーム小説

「つまりは現状を整理すると、だ」
食卓に肘をつき、顎を支えた薬研は口を開く。

「加州清光と、燭台切光忠が大将と共に行ったデパートで、跡部の旦那と会った時に…歴史改変主義者が居た訳だ。
加州の旦那、辺りで旦那たちの他に男は居たのか?」
薬研に尋ねられて、清光は緩く頭を振った。
「となると、時間遡行軍を率いているのは女でほぼ決まりだな」
「…その時間に戻って、発言自体を無かった事にするのは無理なのでしょうか?」
手を挙げながら口を開いた前田は、表情を曇らせる。
「その時間の加州さんと燭台切さんに事情を話せば…主君はデパートに行かずに済むのでは…」
「それは無理だな」
居間の襖を開くなり、長谷部は口を挟んだ。

「政府としたら、歴史改変主義者の素性は喉から手が出る程欲しいらしい。素性を探り出すまで、時間を稼げとのお達しだ」
「そんな――!」
目を見開く安定の傍らで、薬研は小さく息を吐いた。

「だろうな。そんな事になると思ったぜ」
「つまり…この件を無かった事にするのは…無理って事だね」
小夜が眉間に縦皺を刻む。

「そもそも。二度三度襲ってくる事を警戒する必要はあるのか?」
山姥切の問いに、薬研はそこだな、と表情を険しくした。

「現時点で、二通り考えられる。
いち、通りすがりの者がたまたま大将たちの話を耳に挟んだ場合。
加州の旦那の話を聞くに、敵に推察できる単語があるとすれば、中学高校の同級生。バレンタインデー。卒業以来一度も会って居ない。この三つだ。
歴史改変主義者からすれば、話の具合から大将が跡部の旦那とは近しい間柄だってのは想像ついただろうし、
それが最後の年のバレンタインデーの話だったって考えるのは…ま、自然な流れだな。

乱の話を聞く限りじゃ、跡部景吾はかなり有名人だって話だからな。出生を調べるのなんて容易いんじゃねぇか?

ま、そうこうして一日張り込むなり、跡部の旦那に近づいて来た女を片っ端から斬るなりすれば――殺した方が早いと言う結果になる。
この場合、殺し損ねたと言う結論で仕舞だ。相手にはそれ以上打つ手は無いんだからな。二度三度を警戒する必要はなくなる」

薬研は一度言葉を区切った。後ろ頭を掻く。
「んで、に、だな。こっちがかなり面倒な話になる。
歴史改変主義者が、ある程度の事情を把握出来る立場だった場合……つまりは、大将の出たって学校…なんだっけか?」
「ひょーてぇ、とかなんとか…いってたような…」
「そう、歴史改変主義者がそのひょーてぇとやらの出だった場合だな。こうなって来ると敵さんは、ある程度大将の素性を知れる可能性が出て来るって訳だ」
「…と言うと? どういうこと?」
「話は簡単だな。斬る人間に、ある程度の目星をつける。目星が付く訳だ。そいつを時間遡行軍に襲わせて、自分はデパートに居ればいい。そうなりゃ、すぐにでも分かるさ」
「そっか…」
「現に俺っちたちの目の前で大将は倒れた。同時にデパートに居た大将も倒れてるはずだ」
「…そんな…」
五虎退が唇を震わせる。
「そうなれば事は厄介だ。それと同時に、ここまでは警戒しておくべきだと俺っちは思う。
二番目の場合、今回は素性を調べる為の攻撃だったとして――次は確実に大将の首だけを狙って来るだろうからな。それがどの時間に現れるのか、俺っちたちには目星もつかない。完全に後手に回る事になる」

居間に沈黙が流れる。
それを破ったのは、一期一振だった。
「戻りました」
そう言いながら襖を開いた彼に、江雪左文字が静かに問う。

「それで? どうなりましたか」
「主は病院に搬送されました。跡部殿の記憶では……一命は取り留めるものの、このあと一度も目が覚めない…と」
「貴方がこちらに居たのは、不幸中の幸いでしたね」
一期一振を追い越して、宗三は小夜の傍へと腰を下ろした。
そうして、入り口でいつにも増して険しい顔をしている跡部を見遣る。

「貴方が本丸に来たおかげで、わたしたちは状況を把握するのが圧倒的に早かった。
主がその例のばれんたいんでぃ、と言うのを思い返していたのも幸いでしたね」
「確かに。跡部殿が居なかったらと思うと…」
「なぜあるじさんが倒れたかもわからないまま。政府からの連絡があってようやく動いてたようじゃ――死んでたかもしれないね」
乱が重く呟く。
光忠は腰を下ろしながら、口を開いた。
「そう言う意味で言えば、主が本丸に居たのは救いだった。これが現世に出掛けてたりでもしたら…」
「歴史改変の影響を受けていたでしょうな。下手すれば、この時間の主は消えていたかも知れません」

一期一振が俯く。
鶴丸は切り替えるように手を叩くと、膝を立てた。

「…ま、起こるかもしれなかった事ばかりに頭を捕らわれていても仕方がないんじゃないか?
ようはこれから…主を殺させない為に何を成せばいいかという話だろう」
「鶴丸さんはどう思う?」

「俺かい? みんなが言うように、跡部殿がここに居た幸運はかなり大きい。
先の話を聞くに、跡部殿の記憶がすんなり書き換えられなかったのは、現世を離れていたからだろう?

この幸運を最大限に活用すべきだ。
跡部殿の中にある、改変前と、改変後の記憶。これを使って出来る事と言えば…」

腕を組んで唸った鶴丸は、ややあって、苦笑を零した。
「悪い。ここから先は浮かんでない」
「長谷部の旦那。政府は時間を稼げって言ったんだろう? まさか、なんの譲歩も無しに言い捨てた訳じゃねぇよな?」
「もちろんだ。我らの任務は当面、主に関する事だけとなる。主が学校に通われていたその六年間に行く権利も優先的に宛がわれた。
まあ宛がわれたと言っても、そもそも今回のような件が無ければ、そうそう誰かが行く時間ではないだろうが」

「つまりはいつでも飛んでいいって事?」
「事後報告でも構わないそうだ」
「ふぅん」

次郎太刀は瞳を細める。
「つまりはこういう事? 歴史改変主義者に検討がつくまでは、主が斬られる過去は変えられない…。ようするに、その前を守れって言うんでしょう?」
「そう言う事だ。跡部殿が…ああ、過去の跡部殿の話だが、彼が助けを求めたのは…」
「警察と救急車だな。だが、その後犯人はその場で捕まったと言われて、報道も一切無かった」
「それは政府が関わっているようです。彼らが根回しした。
主が担ぎ込まれた病院は政府の管轄下で、この斬られたあとの主に手を出すのは、時間遡行軍とは言え無理だと思われます」

「確かに記憶の中では、あれ以来、俺は一切アイツに会えていない。跡部財閥の力を持っても、入った病院すら調べられなかった…ようだな。
……にしても、記憶と現在が繋がって無いって言うのは妙な具合だな」

「その、学校とやらに行く前の主は大丈夫なのですか?」
「その点に関しちゃ何とも言えないな…。太郎の旦那、そこから先は更に低い確率の話になる。
起こり得るとしたら、時間遡行軍が大将の素性を知って、なおかつ、大将の歴史を知る程近しい人間だった場合だな…現状でこの場合まで視野に入れるのは無謀だろうな」

「となると、当面はやっぱり…その六年間って訳だ」
「だな。跡部の旦那の記憶が書き換えられる予兆があってから動くしかないのか…、ってのが焦点になる」
「そばでみまもれたら、いちばんいいですけれどね」
今剣の言葉に、俯いていた安定が顔を上げた。

「ねぇ、僕たちもその…学校って言うのには行けないのかな? そうしたら、主の事、近くで見られるよね」
「学校に行く…か。そりゃいいが…そうなって来ると政府の協力が無いと無理な話だろうな」
「そもそも、学校と言うのは何をする所なんです?」
「勉強だな」
跡部の答えに、宗三は首を傾いだ。
「勉強…ですか」
「知識を入れる所だ。確かに薬研藤四朗の言う通り、許可が下りても協力が無いと無理だろうな。勉強の意味もわからねぇんだ。現実無理に近い」
「そう…だよね」

安定が肩を落とす。
跡部は眉間に皺を寄せたまま、しばし押し黙った。

「だが――そうだな。勉強、か」

跡部は何かを思いついたような顔をして、胸元から携帯電話を取り出した。おもむろに番号を押す。
しばらくのコール音のあと、口を開いた。
「忍足か? 俺だ。…ああ、ちょっと頼みがあるんだが。
分かるな? ああ、そう…その通り魔に斬られただよ。
腕? ああ、そうか。テニスが出来なかった事になってんだな。嫌、なんでもねぇ、こっちの話だ。

ところで、アイツと六年間で同じクラスになった奴を当たりたいんだが。
欲しいのはノートだ。授業のノート。…あぁん? 俺様の手が足りなきゃ、お前にわざわざ電話なんかしねぇよ。内々なんだよ。

無謀なのはわかってんだ。理由もいえねぇ。全教科、一刻も早くだ。
名簿はこっちで手に入れる。電話を掛けれる面子をそろえて欲しい。時間? …早急にだっつっただろ。日曜日なんだから、平日より都合がつきやすいはずだ。頼めるか?

ああ。分かった。名簿揃えてすぐそっちに行く」

電話を切った跡部は、一同を見渡す。
「もし、だ。もしもノートが集められれば…かなり現実的な話に持って行ける。
と同じ時間に同じ場所で書かれたモンだ。それさえ持ってりゃ、乗り切れない事は無い。

今から持っている奴を当たるが…」

そう言って、跡部は薬研を見据えた。
「念の為、当たるのは男だけがいいか?」
「どうだろうな。二度三度と狙って来る場合、相手は確実にすでに大将が審神者なのをを割り出したって事だ。
だったら…隠す方が損な気がしなくもない。男と女の比率は?」
「同等だな」
「なら、ノートが見つかる可能性は倍になるって事か。ま、こっちに賭ける方が妥当だな」
「だな。なら俺は…」
「待った」
薬研は手を伸ばした。
「刀を連れて行った方が良い。跡部さんは面が割れてるんだ。対策を練ってるってわかれば、攻撃される可能性もある」
「分かった」
「それでも」
言いかけた薬研は、真っ直ぐと跡部を見た。瞳が揺れる。
「そんな危険が伴うとしても、大将を助ける為に手を貸してくれるって事でいいのか?」

跡部はその問いに、小さく笑みを返した。

「当然だ。
糞つまんねぇバレンタインデーの方が、まだマシだからな」