ドリーム小説

跡部は夕食の時間に合わせて帰宅するようになった。
朝はその分早く出社しているようだが、元々人数の多い本丸。内番やら朝食の支度やらで、誰彼必ず起きている。
今日も女審神者の目が覚めるより早く家を出た跡部は、夕餉の少し前に帰って来た。
居間の机にずらりと夕食が並んでいる。
次郎、太郎と酒を好む刀たちは奥の席を陣取っていて、
まだ報告書が片付いていない女審神者は泣く泣く出入り口付近で夕飯を食べていた。

「そう言えば」

春雨サラダを啜って、女審神者は跡部を見上げる。
「跡部くんって、今週次いつが休みなの?」
「あーん? 日曜だが、どうした」
「いやね。年末年始と立て続けに入ってた調査がようやく少し一段落したから、
今週は一日休みを設けて、久し振りに宴をしようかと思ってたのよ。ねぇ、博多」
「宴かい!?」
博多が返事するより先に、耳聡く聞きつけた次郎が立ち上がる。
「次郎、行儀が悪いですよ」
静かに太郎に窘められても気にしない。
徳利片手に入り口へと歩みを進めると、跡部の後ろに腰を下ろした。
「いぃねぇ! それで、アテは何だい?」
「次郎、酒くさかー」
跡部の横に座っていた博多が鼻をつまむ。
そうされるとますます近寄りたくなるのが酒のみ次郎の性で、ずぃと博多の背後に顔を寄せた彼は、耳に息を吹きかけた。
大げさに博多が悲鳴を上げる。
こうなると食事そっちのけで応酬が始まるので、女審神者は早めに手を打った。
「太郎」
「……仕方ないですね」
太郎が重い腰を上げる。
そのまま彼は次郎太刀の襟首を掴むと、力任せに引っ張った。
細身でも背が高く、大太刀を振り回す次郎を動かせるのは、兄である太郎以外には出来ない。
ずるずると引きずられる次郎は、最初こそ楽しそうに笑っていたものの、ぎゃ、と声を上げた。
「兄貴、待った、裾が…!」
「誰も見ないから安心しなさい」
「えー、そんな事ないわよねぇ、主」
引き摺られ終わった次郎は、太郎より奥へと押しやられる。
太郎の言葉に心外そうな面で女審神者へと首を巡らせると、肝心の女審神者は異様な姿となっていた。

「…ちょっと、何してんのさ、薬研」
「見ざる、言わざる、聞かざる」
堀川が目を。
乱が耳を。
薬研に口を押えられた女審神者がくぐもった声をあげている。

突然伸びてきた手からやっとの事解放された女審神者は、びっくりしたと胸を撫ぜた。
「立て続けに抑えられるんだもの」
「いやあ、堀川さんが抑えてるからつい」
「乱が抑えたからな、つい」
「だって見せられないよね」
満面の笑みで言った堀川に、次郎は酔って朱に染まった唇を尖らせる。
「見せられないってどういう意味よー」
「そうだよー、目の保養だったのに」
「……主、思っても言っちゃだめだよ、そう言う事は」
「失敬」
やんわりと光忠に横槍を入れられて、女審神者はすぐさま謝った。なめこの味噌汁を啜る。
「まあ、話を元の軸に戻すとして、それでね、せっかくだから、跡部くんもゆっくり参加できるように休みの前の日に開催しようと思うんだけれど」
「あ? …ああ」
跡部は頷く。
酒を呑んでない者が大半居て、このノリだ。
酒会に突入したら、どんな騒ぎになるのか想像し難い。
跡部の顔色を見た女審神者は、大丈夫だいじょうぶ、と出汁巻き卵を飲み込んだあと口を開いた。

「たいてい、酔った人間から部屋に戻るから。きつくなったら無理しなくていいよ」
「そうそう。だいたい何個かのグループに分かれるしね」
「最初に見て驚くとすれば…」
一期一振の瞳が細くなる。
「次郎太刀殿に振り回される厚を見た時ですかな」

「……ジャイアントスウィングが恒例なの」

跡部に言うと、彼は微かに口元を持ち上げた。
最初に跡部が本丸へ押しかけて来た時はどうなる事かと思ったが、思いの他楽しそうに伺える。
最近ではこうして笑う所を見るのも増えて来たし、意外とつつがなく過ぎて行く日々に、女審神者は早くも慣れ始めていた。
「じゃあ、開催決定と言う事で」
「こんな時の為に小銭ば貯めとるけんね」
博多はニヤリと笑う。
眼鏡を光らせた彼は、懐に手を忍ばせると、じゃじゃじゃん、と口で効果音を付けた。

「予算は諭吉五枚! 今年初の宴やけんね、奮発するとよ!」
「諭吉、五枚…!」
女審神者の顔が輝く。
真っ先に手を挙げた女審神者を博多が促すと、嬉々として声を上げた。
「お肉が食べたい!」
「二言目にはそれだな」
「だって毎日野菜生活だよ」
跡部の茶々に女審神者は肩を落とす。
「野菜、好きだけれどさ。こんな時はやっぱり肉でしょ!」
「魚って言う選択肢は無いんだね、主」
安定の言葉に、女審神者は頷いた。
「無い」


「まぁ魚介もたまにはいいんじゃない?」
「はいはーい! アサリの酒蒸しとかいいんじゃないかい? 今、旬だろ?」
「いいね。次郎太刀」
「春キャベツもちょうど時期ですな。酒蒸しに入れましょう」
「お、いち兄。良い意見だな! それ」


「肉は焼く?」
「春先の鍋もなかなか乙だと思うけれどね」
「野菜も取れるしね」

とんとん拍子で話が進んで行く。
「じゃあ買い出しの日時は…明後日にするか。前の日が良いでしょ? 光忠」
「うん。冷蔵庫がいっぱいになっちゃうからね」
「じゃあ、早い所政府に申請出してくる」
食べ終わった女審神者はごちそうさま、と手を合わせてその場を立った。早足で居間を跡にする。
襖が閉まるや否や、刀達の何振りかが、す、と手を挙げた。
打ち合わせも何もないその行動に、跡部は少し驚く。


ぐるりと回りを見渡した乱は、頬を膨らませた。
「加州さんと光忠さんはこの間現世行ったんでしょー?」
「まあそうなんだけれどね」
「そもそも、そのばれ…ん、たいんのちょことか言う目出度い日に、その日出した申請が良く通ったな」
「運が良かったよねー、燭台切」
「まあね。でもそれとこれとは話が別かな」
「ま、勝てば良いって事だよね」
乱が額に拳を当てて唸る。
薬研はニヤニヤと回りの刀達の様子を伺っていて、光忠と清光は真剣だ。


「じゃんけん、ぽん!」


行きたい刀が多く、試合は白熱した。
行けども行けどもあいこが続き、
「何グループかに分けてしたらどうだ?」
と言う跡部の至極真っ当な意見を取り入れ、何組かに分かれてじゃんけんをした結果、ようやく決着がつく。

「くっそ、負けた!」
「やりましたぞ、鳴狐!」
「…うん」
鳴狐と一期一振、にこにこと笑う三日月が現世行きのチケットを手にした。
満足気な顔で狐を撫でる鳴狐を横眼で見た清光は、口を尖らせる。往生際が悪いよ、清光、と安定が横から突いた。
「そもそもさぁー。狐連れてくのはマズイんじゃない?」
「なんと加州殿。ご安心下され。その日一日、お供の狐はマスコットキャラクターになりまする」
「ま、ますこ?」
「ますこっと、きゃらくたー。………変身」
「シャランラー!」
鳴狐が箸を一本取って回すと、狐が声高に効果音を叫んだ。
その時丁度襖を開けた女審神者は「何の騒ぎ?」と、呆気に取られる。

「これはこれは主殿! 先日見たアニメとやらを真似していた所でございます」
「ああ。あの魔女っ娘ね。何、鳴狐が魔女っ娘なの?」
「…そう」
「そしてお供の狐はマスコットキャラクターでございまする!」
「確かにそれっぽい」
女審神者が笑う。
清光は一通り事の次第を見終わったあと、冷静に口を挟んだ。
「それでもお供の狐は店には入れないと思う」
「店?」
「うん、鳴狐が勝ったんだけれど」
「あー、そう言う事ね。うん、店はちょっと厳しいかも…」
「ガ――――――ン!」


あんぐりと口を開けた狐。
目尻に浮かんだ涙が黄色の毛並をはたはたと濡らし、
鳴狐もまた、静かに額に一筋の涙を零した。

「鳴狐! 鳴狐の為です。留守番いたしましょう…!」
「お土産は…油揚げ…」
「楽しみにしてまする!」


「大げさだなぁ」
「そこまで落ち込んでる清光が言っても、説得力ないよ」
やる気をなくしたらしい清光は、食べ終わったお盆を押して、机に伸びている。
最後の一口を飲み込んだ安定は「それにしても」と宙を仰いだ。

「宴かぁ、久し振りだな」