ドリーム小説

跡部が玄関の戸を開けると、丁度廊下を歩いていた長谷部と目があった。
お盆の上に茶碗と急須を乗せた長谷部は、跡部を一瞥すると、口を開く。
「戻られましたか」
「ああ――アイツは」
「居間に。主は今から夜食ですが、食事は?」
「あ? まだだが…」
「なら、用意します。居間へどうぞ」
背筋を伸ばして歩く男が刀の付喪神だと言う事実に、未だ跡部は理解が追い付いていない。
ネクタイを緩めながら長谷部の後に続くと、居間の襖を叩いた長谷部は、中に居るであろう女審神者に声を掛けた。
「主。跡部殿がお戻りになられました」
「はいはい」
「お茶漬け、出来ましたよ」
「やったー!」
襖が開く。
中から顔を出した女審神者は、長谷部の両手にあるお盆の中身を見下ろすと、視線を跡部へと持ち上げた。
「お疲れ様、跡部君。ご飯食べた?」
「まだだ」
「そう、なら長谷部」
「はい。かしこまりました」
立ち上がった長谷部は、すれ違いざまに跡部へ頭を下げると、元来た道を戻って行く。
女審神者はその背を見ている跡部の名を呼ぶと、手招いたあとお盆を抱えた。
「どうぞ」
「あ、ああ」


跡部が部屋へ入ると、畳でごろごろと転がっている少年が声を上げる。
「あ、このひとですね。あるじさま」
「そうそう、いまつるちゃん。しばらくここに住む事になったからよろしくね」
「はーい」
寝転がったまま手を挙げる今剣。
奥で壁に背を預けていた青江は、跡部を見るなりゆるりと笑った。
「ぼくはにっかり青江。よろしくね」
「ぼくはいまのつるぎです。あるじさまとは、ちゅーがく?こーこう?どーきゅーせー?なんですよね!」
「そうそう」
「ぼくにはちっともわかりませんが、あるじさまがおともだちなら、それでいいです」
「ざっくりしてるね。いまつるちゃん」
「かぞくですからね!」
ごろごろと転がった今剣は、机にお盆を置いて腰を下ろした女審神者の太ももに納まった。時計を見上げる。

「いわとおしたちはまだですかね?」
「うーん、予定では後三十分位かな、青江」
「そうだね。まあ、燭台切光忠と加州清光がついているなら、大丈夫なんじゃないかい? 薬研も居ただろう?」
「まあね。あの三人が居るからね。……誰も怪我してないといいけれど」
自分に言い聞かせるように呟く女審神者に、青江はのんびりと声を掛けた。
「主はほら、早くお茶漬け食べないと」
「しょくだいきりに、みつかりますよ」
「そうだった。長谷部、頂きます」
手を合わせた女審神者は、茶碗に急須を傾ける。
中から流れて来た琥珀色の液体に、すぐさまわ、と声を上げた。
「さすが長谷部、出汁だ、出汁! 出汁茶漬け!」
「相変わらず褒めて貰う事に手抜きをしないね、彼は」
「あるじさま、ひとくちください」
「いいよー」
むくりと起き上がった今剣が、手を合わせると箸に手を伸ばす。

ひおりは膝の上でもぐもぐと口を動かす今剣を見たあと、跡部に視線を向けた。
「慣れた? 政府の仕事」
「それなりだな」
「審神者の間でも評判だよ。新しい担当が跡部景吾ってどういう事だって言って」
「ネットワークがあるのか?」
「もちろん。うちはせっかくの昔造りを大事にしたいから、なるだけそう言う生活を心掛けてるし、
書類も手作業だけれど、電気も電波も通ってるからね。
審神者によっては、書類制作はパソコン作業でする人もいるみたいだし。
仲が良い審神者同士では普通にメールでやり取りするよ。

まあ、わたしはあんまり人付き合い得意じゃないからネットワークは広い方じゃないけれど、
審神者の間で回る情報位は手に入る位置に居ないとだからね」

「主。跡部殿の食事をお持ちしました」
「ありがとー」

女審神者が襖を開けると、長谷部は箸を握っている今剣を斜めに見た。
「…今剣」
「えへへー。ひとくちですよ、ひとくち」
「うん。美味しいよ長谷部」
そう言うと、長谷部は僅かに口端を持ち上げた。頬が朱に染まって分かりやすい。
「美味しいですか。それは良かった」
言いながら、お盆を跡部の前に置く。
ご飯に味噌汁。煮物に漬物。小鉢に入った白和えを見た跡部に、長谷部は淡々と尋ねた。
「酒はいりますか?」
「嫌、いい」
「長谷部。わたし、あとで欲しい」
「分かりました。遠征の報告が終わる頃に用意しておきます」

「あ、いただきますをするんですよ」

箸に手を伸ばした跡部に、今剣が口を挟む。
跡部は苦笑している女審神者を見たあと、いただきます、と低く声をあげた。
「どうぞ」
「しかし、燭台切は手を抜かないね。今日の遠征はだいぶ長かったんじゃないかい?」
「うん。昨日の夜に仕込みしてたから、手伝ったけど。今日も随分早くから起きてたみたい」
「へぇ」
「わたしも起きて手伝おうと思ったんだけれど」
えへへ、と女審神者は恥ずかしそうに笑う。無理だったらしい。
「朝はでも、大倶利伽羅と歌仙が居ましたよ。俺も少々は手伝いましたが。二部隊目に和泉守と堀川がおりましたので、洗濯に回りました」
「長谷部くんは、本当に褒められる事に余念がないね」
「って言うか、長谷部こそ本当にいつ息してるのか分からないくらい働いてるよね」
「君、息してないのかい?」
「んな訳あるか」
冗談めいた口調で驚いた青江を睨むと、長谷部は奥へと進む。腰を下ろすと、正座した。


今剣から箸を受け取った女審神者が、
「跡部くんってさ、いつも何食べて生きてるの?」
尋ねると、跡部は目元を浮かす。
「あぁん? 何って、普通だが」
「その普通に興味があるの。だってさ、ほら、跡部君のお弁当とか、執事が来てのフルコースだったじゃない? もはやお弁当ですらなかったじゃない?」
「……そんな事覚えてンのか」
「そりゃぁまあ、跡部君、目立ってしょうがなかったし」
女審神者は出汁を呑む。鰹節と昆布の香りが鼻から抜けて、箸でちょっと梅干しを突いて崩すと、ご飯を啜った。
「まあ、今もそんな感じだな」
「へぇー、じゃあウチの食事は物足りないんじゃない? って言うか、もっとお肉とか出ればいいよね」
「それは主の意見だろう」
青江が笑う。
「だよねぇ」
女審神者もからりと笑った。
跡部は煮物に箸を伸ばしながら、そもそもが、と口を開く。
「あんまり、こんな風な食卓っつーのは無かったから、妙な感じだな」
「あとべさんは、かぞくがいないんですか?」
「いまつるちゃん。居る居る」
あまりにも直球過ぎる問いに、女審神者は苦笑した。跡部は笑う。
「家族は居るが、ここン家みたいな家族じゃねぇって話だ」
「ふぅん」
今剣は跡部を見据える。
くるくるとした二つの瞳に真っ直ぐ見据えられて、女審神者ならたじろぐ所だろうが、
さすが人の視線を常に引き受けて来た跡部は、物おじする事なく真正面から見つめた。
「どうした?」
「ぼくはきょうだいなら、いたんですけれど。いわとおしに、いしきりまるに、みかづきに、こぎつねまる」
今剣は指折り数える。
「でも、かぞくっていうのはよくわからなかったんです。
このほんまるにけんげんして、あるじさまにおしえてもらったんですけれど」
そう言って、今剣は目を細めて笑った。
「かぞくって、とってもいいものですよね。だから、かぞくでたべるごはんがぼくはだいすきです」
女審神者と跡部が瞬く。
青江と長谷部は、顔を見合わせると微かに笑った。
今剣は身を乗り出して手を伸ばすと、跡部の頭に手を乗せる。
いい子いい子される跡部。目を疑う光景だ。
「かぞくでごはんはたべたほうがおいしいです。
ここにいるあいだは、なるだけはやくかえってきてくださいね。みんなでごはんをたべましょう」

「いまつるちゃん…」
女審神者は瞳を揺らすと、ぎゅぅ、と背中から今剣を抱きしめた。
「可愛い。可愛すぎるいまつるちゃん。マジで天使だ!」
「あるじさま、おちゃづけたべないと」
「そうだった」

慌てて女審神者が箸を持ち直す。
すると、襖が開いて、外から大和守が顔を覗かせた。
「主、清光たちが帰って来たよ、って…あ」
「あ」
女審神者が声を上げる。
大和守の後ろから燭台切と清光が顔を覗かせて、更に薬研がひょぃと首を覗かせると、そろいもそろって視線は審神者の茶漬けへと移った。
「……主、何を食べてるんだい?」
燭台切が低く、声を上げる。

「長谷部くん。主を甘やかしちゃダメだよって、ぼく言ったよね?」
「あーあ、大将。明日は俺っちが近侍だってのに、勇気があるな」

女審神者は茶漬けに視線を落とす。
しばしの間固まった女審神者は、四人へと目を向けると、至極真面目な顔で答えた。
「跡部くんが、一人じゃ寂しいかと思って」
「……てめぇな…」
「あるじさま、ひとのせいはだめです」



「………ですよね」


*+*+*+*
跡部は夕食の時間に帰って来るよう、光忠に釘を刺されました。